住まいや建物にかかわることで、その場にいるみんなが盛りあがる話題といえば、これはもう風呂と便所につきる。たいていの人が、それまでの人生で一回くらいは、風呂と便所についてヘンな経験や珍しい体験をしているものなのである。それも、親しい仲間でないとちょっと口にしづらいような。たとえば私の場合は、子供の頃、〈回り湯〉というものに入ったことがある。ことがあるなんて珍しい経験みたいに書いてしまったが、本当は三日にいっぺんは入っていたことがあるのである。
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回り湯といっても回転風呂ではなくて、村の十一軒の共同風呂で、正確には共同風呂桶を三日にいっぺん各戸に回す。ようするに、風呂桶のタライ回し。家で御飯を食べた後、風呂だけは近所の家に行って入るのである。七十戸の村にこういうグループがいくつかあった。おそらく、風呂桶が高価であったのと、風呂を沸かす手間が大変だったからだろう。火を焚くのは問題ないとして、水道がない時代には、井戸や川から水を汲んで桶に入れるのが重労働。貴重な燃料と水を大量に費やす風呂という施設は、都会であろうが田舎であろうが、おおかたの人々にとって共同利用しかなかった。そして都会では銭湯が成立し、銭湯が成立するほどの人のいない田舎では状況に応じてあれこれ工夫した。長野県諏訪郡宮川村高部の集落では、それが回り湯だった。他の集落、他の地方ではどんな工夫がなされていたのか知りたいが、残念ながら、高度経済成長期以前における田舎の入浴慣行調査というものはなされていないようである。